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2年間の学びの総括①〜エネルギー政策について〜

 ケネディスクールでの二年間の研究の柱の一つは、エネルギー政策でした。社会人になってから東日本大震災とそれに伴う原発の停止、社会的な混乱に直面した経験や、留学前のキャリアで、エネルギーと表裏一体の気候変動に関する業務に関わった経験から、日本は今後どのようなエネルギー政策を作っていくべきかに強い関心があったからです。二年間を通じて、以下の4科目を受講しました。

● エネルギー政策:技術・システム・市場(Energy Policy: Technologies, Systems, and Markets)
● エネルギーの地政学(Geopolitics of Energy)
● エネルギー政策分析(Energy Policy Analysis)
● 気候・エネルギー・メディアの対立(Controversies in Climate, Energy, and the Media)

これらの授業を通じて得られた学びは、大きく以下の3つに集約されます。

1.安全保障を加味した総合的なエネルギー政策の重要性
 エネルギーの地政学の授業を通じて、安全保障とエネルギー政策は密接に関連しているという視点を得ることができました。例えば、アメリカのシェール革命は、アメリカのエネルギー自給率を高め、アメリカの中東への軍事的関与の方針に影響を与え得るものです。石油の80%以上を中東に依存する日本は、こうしたアメリカの軍事政策に大きな影響を受けます。同様に、サウジアラビアとイラン間の国際関係は、OPECの意思決定の効率性に影響を与え、それは原油価格に直接的に影響を与えます。原油価格が変われば、それに伴い天然ガスの価格も変動し、原油・天然ガスの両方を海外からの輸入に依存する日本のエネルギーコストに大きな影響を与えます。他にも、日本は原油・天然ガスを海上輸送しており、中東からの輸入経路には、南シナ海やマラッカ海峡が含まれます。ひとたび南シナ海やマラッカ海峡の安全保障環境が不安定になれば、日本の安定的なエネルギー供給に影響が出ます。その観点から、中国のアジアにおける軍事政策を注視する必要があります。

 また、日本がどの国から重点的にエネルギーを輸入するかは、二国間の関係性にも影響を与えます。アメリカが今後原油・LNGを輸出するようになった場合に、仮に日本がアメリカからの輸入を増やせば、貿易関係の強化を通じ、日米関係にプラスの効果があります。しかし、安全保障面で既に大きくアメリカに依存している日本が、エネルギー面においてもアメリカに依存すべきかどうかは、総合的な日米関係を考慮した上で、判断が行われることが望ましいはずです。同様に、ロシアからの原油・LNGの輸入を増やせば、日露関係にプラスの効果があります。しかし、昨今のロシアのウクライナ等に対する強硬な外交政策を踏まえれば、日本がロシアからの輸入を増やすべきかどうかは、日露関係はもちろん、ロシアに対して強い批判をしているアメリカとの関係性も考慮する必要があります。

 このように、エネルギー政策と安全保障は切っても切り離せない関係にあり、日本を取り巻く安全保障環境を理解しながら、総合的なエネルギー政策を立案していく観点が必要不可欠だという学びを得ることができました。そのためには、経済的側面だけでなく、国際政治や安全保障等、複数の視点を統合的に判断できる人材が必要になってくると同時に、エネルギー政策や外交政策、防衛政策を担う関連機関の連携がますます重要になってくると感じました。

2.気候変動問題に貢献するエネルギー政策
 大国の競争(Great Power Competition)の授業では、シリア問題や南シナ海の問題等において、アメリカやロシア、中国等の大国間の立場が相容れず、協調することが極めて難しくなっていることを学びました。他方、気候変動については、アメリカと中国が野心的な共同宣言を発出し、2015年末にはパリ合意という歴史的な合意が結ばれました。気候変動は、多くの国際問題において立場を異にする世界の国々が、共に解決すべき重要な課題だと認識し、国際的な協調体制を構築できた、唯一の前向きな事例だと捉えられていました。

 ケネディスクールでは、COP21が2015年12月にあったこととも関連し、気候変動に関する様々なイベントが開催され、毎回満員になるほど多くの学生が参加し、気候変動に対する学生の高い関心が伺えました。気候・エネルギー・メディアの対立の授業では、教皇フランシス(Pope Francis)が、気候変動を政治的な問題ではなく、道徳的問題(Moral Issue)・世代間公平性(Intergenerational Issue)と定義し、多くのカトリック教徒の気候変動に対する考え方に影響を与えたことを学びました。こうしたことから、ケネディスクールはリベラルな思想の強い学校だということを差し引いても、気候変動問題は若い世代に極めて関心の強い問題であり、宗教的リーダーの積極的関与により、今後もますます多くの人達の関心を引いていく問題になると感じました。

 エネルギー政策分析の授業では、炭素の社会的費用(Social Cost of Carbon)という概念を学びました。これは、年月が経ち、大気中の炭素の量が蓄積されていくにつれ、大気中に排出される一単位あたりの炭素が地球に与えるネガティブな効果(※限界費用(marginal cost))がどんどん大きくなっていくという考え方です。別の表現で言えば、異常気象や海面上昇、農業生産の減少、食糧不足を引き起こす等の気候変動の負の効果は、長期的にどんどん深刻になっていくということです。通常、人々は、こうした長期的な負の効果を過小評価して考えてしまい(※割引率が高い)、今現在において、気候変動の対策を熱心に取る必要がないという考えに陥ってしまいます。エネルギー政策分析の授業で得られた学びの一つは、気候変動の脅威・CO2の社会的費用は長期的には非常に大きく、こうした長期的な外部性・社会的費用を、目の前の政策立案や企業行動に反映させていく必要があるということでした。

 ケネディスクールでの二年間を通じ、気候変動がいかに国際社会の中で重要な問題と捉えられているかを痛感し、日本が国際社会の中でプレゼンスを高めるためには、この問題に真摯に向き合い、積極的に貢献していく姿勢が必要不可欠だと感じました。特に、ケネディスクールで学んでいる主に30歳前後の若い世代の気候変動問題への極めて高い関心を考えれば、こうした若い世代が各国のリーダーになっていく頃には、気候変動問題への貢献の度合いの大小が、国がどれだけ深刻なグローバルイシューの解決に真剣に取組んでいるかを測る一つの指標になっているのではないかとすら感じました。また、気候変動と表裏一体のエネルギー政策を立案する観点からも、長期的な気候変動の脅威・CO2の社会的費用の大きさを十分に加味し、各エネルギーオプションの費用(Cost)と便益(Benefit)を比べていく必要があると感じました。

3.産業競争力に資するエネルギー政策の研究

 エネルギー政策分析の授業の中で、環境負荷の小さい自動車を推進する政策、具体的にはCAFE基準と呼ばれる自動車製造企業に課される燃費基準に関し、費用便益分析(Cost Benefit Analysis)を行いました。教授の説明した分析の中には、CO2やその他大気汚染物質の削減に伴う便益、消費者がガソリン代に使うお金を減らすことによる便益、追加的に必要な研究開発投資の費用等が盛り込まれていました。他方で、そうした規制が、企業の国際競争力に与える影響や、雇用に与える影響については、一切盛り込まれておらず、疑問に思った私は教授に質問をぶつけました。教授の回答は、エネルギーに関する規制が産業競争力・雇用に関する影響については、現在の費用便益分析に含まれることは難しく、今後更なる研究が必要な分野だとのことでした。

 貿易の政治経済学の授業では、ソリンドラ(Solyndra)というアメリカの太陽電池メーカーが、中国の安価な太陽電池に市場を席巻され、破産に陥ったケースを扱いました。ソリンドラは、オバマ大統領のグリーンニューディール政策の一環として補助金等の政策金融的な支援を受けていたため、国税の配分に関する代表的な失敗事例として取り上げられます。授業での焦点は、中国の政策支援はWTOルールにおけるダンピングに当たるのか、そもそもアメリカ政府に勝者(Winner)となる企業を選定する能力はあるのか、ということでした。しかし、太陽エネルギー産業の競争力に関し、アメリカの政策金融支援と中国の政策金融支援がどれだけ効果を発揮したのかを分析するという観点は、授業では扱いませんでした。

 こうした事例を見るにつけ、規制や政策金融を含むエネルギー政策が、産業の競争力に与える影響については、十分に研究されていないフロンティアの分野であると感じるようになりました。適切な省エネルギーに関する規制は、自動車や家電等の製品のエネルギー効率を高め、国際競争力を高める効果があると思います。同様に、エネルギーミックスの議論の中で、再生可能エネルギーの導入目標を定め、FIT(固定価格買取制度)等の政策を打つことは、太陽光や風力等に関する産業におけるイノベーションの促進に効果があるはずです。今後の自分の課題として、こうしたエネルギー政策と産業競争力の関係性について、研究を深めていきたいと思っています。
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[C77]

大変興味深く拝読しました。
日本ではCOP21は全く話題になっておらず、Paris Agreementを知ってる日本人は全体の5%にも満たない気がしてますw

一方、日本という国は、気候変動対策に物凄い真面目に取り組んできていると思うのですが、いまいち国際的な理解は進んでないような気もしています。ご指摘の「気候変動問題への貢献の度合いの大小」というのは、特定基準年からの一国での削減率の大小ではなく、地球規模での貢献の大小が評価されるよう、ゲームチェンジしていく必要を感じました。

ところで、「気候変動の脅威・CO2の社会的費用は長期的には非常に大きく、こうした長期的な外部性・社会的費用を、目の前の政策立案や企業行動に反映させていく必要がある」
というのは、気候変動をコストとして顕在化させるため、例えば排出量取引制度や炭素税のようなCarbon Pricingの導入が重要ということでしょうか?
  • 2016-05-21 09:22
  • auau
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tak

Author:tak
2014年8月より、ハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School, HKS)に2年間留学しています。

HKSでは、エネルギー・環境政策や経済政策、交渉術、リーダーシップなどを学ぶ予定です。このブログでは、HKSでは何をどう教えているか、世界の政治経済分野のリーダーの考え方・習慣、英語学習の秘訣、その他日々の学び・感動を書き記したいと思います。

なお、このブログに書かれたことはすべて個人的見解によるものです。

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